弟子たちに話し終えられたのち、主は「弟子たちとともにケデロンの川筋の向こう側に」出て行かれました。マタイ、マルコ、ルカが記録した福音書を見ると、主は汗が血のしずくのように流れるほどの祈りをささげられたことが記録されていますが、ヨハネはそのことには触れていません。聖霊はヨハネに、ほかの福音書とは異なる意図をもってこの福音書を記すように導かれたのです。バッハの「ヨハネ受難曲」を翻訳された加藤常昭師は、この個所が始まる合唱曲について、暗い印象はなく、堂々とした高らかな賛美になっていると語っています。この福音書は、主を「悲しみの人」としてというより、「栄光の主」として描いています。
主に従ってきた弟子たちにとって、この時が、主に従う最後の時となりました。ユダを先頭にやって来た一隊の兵士や役人たちに、主は「もしわたしを捜しているのなら、この人たちはこのままで去らせなさい」と言われました。弟子たちは、「栄光の主」とともに行動すること、特に「羊のためにいのちを捨て」ようとしておられる栄光の主とともに行動することはこれ以上はできませんでした。弟子たちが再び主に従うことができるようになるのは、「自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われ」(Tペテロ2:24)、よみがえらせられ、天に昇り、聖霊が注がれてのちのことでした。
捕らえられたというと、受身であるように思われますが、主の場合はそうではありませんでした。主は、「自分の身に起ころうとするすべてのことを知っておられた」(4節)うえで、「ケデロンの川筋の向こう側に出て行かれた」(1節)のです。主は、ユダを先頭にやってきた人々の前にご自分の方から「出てきて」、「だれを捜すのか」と言われました。「ナザレ人イエスを」との答えに、主は「それはわたしです」と言われました。そのとき、主を捕らえようとしてやってきていた人々は「地に倒れた」のです。「それはわたしです」との御言葉から、あるいは、そのお声に人々が地に倒れた光景から、主の栄光が放たれているのを感じることができます。
主導権は捕らえようとしてやってきた人々にあったのではなく、主にありました。実に、主は栄光の主、主権者であられます。
(6月1日礼拝より)